「要素分割を細かくすれば、より正しい応力が出る」。
CAEを学び始めた多くのエンジニアが、一度はそう教わります。実際、滑らかな形状や理論解が存在する問題では、要素を細分化することで解析結果は真値へと収束し、精度は向上します。しかし、このモノづくりの“常識”が、ある条件下では致命的な「数値遊びの泥沼」へと設計者を誘い込みます。
それが、応力特異点の正体です。
応力特異点は「解析の失敗」ではない
応力特異点の典型例は、曲率半径(R)がゼロの鋭い角部や、荷重が一点に集中する点荷重の設定です。弾性力学の理論解において、角部のRがゼロに近づくほど、応力集中係数は幾何級数的に増大し、最終的には「無限大」に達します。これは数値誤差や計算条件の不備ではなく、弾性力学という理論そのものが示す必然的な帰結です。
有限要素法(FEM)は、「要素分割を細かくすれば理論解に近づく」ことが数学的に保証された手法です。つまり、Rゼロの角部をモデル化した場合に、メッシュを細かくするほど応力値が跳ね上がる挙動は、解析ソフトが「理論上の無限大」を正しく再現しようと、誠実に計算している証拠なのです。
ここで問うべきは、「なぜ数値が収束しないのか?」ではありません。「私は今、収束してはいけない問題を無理やり解こうとしているのではないか?」という、モデリング思想への問いです。
最大応力を読む設計が破綻する瞬間
応力特異点を含むモデルにおいて、「最大応力を読み取り、材料強度と比較して安全率を出す」という標準的なプロセスを踏むと、設計判断は瞬時に破綻します。なぜなら、最大応力はメッシュサイズを変えるたびに際限なく変わり続け、評価の基準となる「不動の点」が存在しないからです。
この状態で解析を続けると、エンジニアは次のような「地獄」に陥ります。
- メッシュを細かくするたびに安全率が下がり続け、いつまでも「OK」が出ない。
- 担当者によってメッシュの切り方が異なるため、結果に再現性がなくなる。
- 対策として過剰な肉盛りや補強を行い、製品のコストと重量が無意味に増大する。
これは解析ソフトの限界ではなく、物理現象と数学モデルのミスマッチから生じる「設計判断の迷走」です。
応力特異点に対する、設計としての正しい向き合い方
講義で示された通り、この泥沼から脱却するための処方箋は、評価の「設計」を変えることにあります。
1. 形状を現実に即してモデル化する
実加工において、分子レベルまで完全に鋭利な「Rゼロ」は存在しません。加工法、工具の摩耗、許容される公差を踏まえ、現実に存在する最小Rをモデル上に正しく与える必要があります。これだけで、応力は「無限大」から「有限の極大値」へと姿を変え、収束の土俵に乗ります。
2. 「公称応力」と「切り欠き係数」に立ち返る
疲労評価において、特異点の最大応力値そのものに設計的な意味はありません。講義でも強調されていた通り、以下のステップこそが実務における正解です。
- 公称応力(Nominal Stress):荷重を断面積で割った、形状変化の影響を受けない平均的な応力をベースとする。
- ホットスポット応力:特異点から一定距離離れた位置の応力をサンプリングし、外挿法によって構造的な応力を推定する。
- 評価基準の適用:得られた公称応力を、日本機械学会の便覧などにある「応力集中係数($K_t$)」や「切り欠き係数($K_f$)」を用いて補正し、材料の疲労限度と比較する。
これは「解析のテクニック」ではなく、不確実な数値から「設計判断に耐える指標」を抽出するための、高度な評価軸の設計です。
結論:CAEは“答えを出す装置”ではない
応力特異点の存在を知らずにCAEを使うと、「細かくすれば正解に近づくはずだ」という素朴な思い込みが、設計者自身を袋小路へと追い詰めます。
CAEは、ボタンを押せば唯一無二の答えを吐き出す魔法の箱ではありません。どの物理現象をどの程度の解像度で再現し、算出された膨大な数値の「どこ」を信じて評価を下すのか。その意思決定を下すのは、解析者であるあなた自身です。
応力特異点を前にして必要なのは、マシンの計算能力ではなく、エンジニアとしての判断力です。
「この応力ピークに物理的な意味はあるのか?」
「評価すべきは局所の最大値か、それとも断面の平均か?」
この問いを立てられるかどうかが、CAEを“迷走する数値遊び”で終わらせるか、
数億円の損失を防ぐ“設計判断を支える道具”に昇華させるかの分かれ目になります。
本記事で触れた技術解説については、TH企画主催の技術セミナーで、具体的事例を交えて体系的に解説しています。
【本記事について】
本記事は、TH企画セミナーセンターが主催する
実装技術分野のセミナーにおいて実施されたセミナー内容、ならびに紹介された事例をもとに、
TH企画が製造業向け技術情報として編集・再構成したものです。
執筆・編集:TH企画 技術コンテンツ制作チーム




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