■問題提起:なぜ民生回路は車載で突然壊れるのか
「スマートフォンで実績のある回路だから、車載用途にも転用できるはずだ。」 この判断は、信頼性設計における典型的な誤解です。実際には、民生用途で完璧に動作した設計が、車載環境では短期間で致命的な故障に至る事例が後を絶ちません。
原因は明白です。車載環境では、要求される信頼性の次元が根本的に異なるからです。民生機器に求められるのが「機能精度」であるのに対し、車載機器に求められるのは過酷な「環境耐性」です。この設計思想の違いを直視しない限り、車載品質の壁を越えることはできません。
■メカニズムの深掘り:80℃の壁と多軸ストレス
多くの電子材料や高分子材料には、物性が急激に変化する**「変曲点」が存在します。信頼性設計において、その最も重要な境界線の一つが約80℃付近**にあります。
この温度を超えると、物理・化学的な挙動が激変します。
- 分子運動の活発化による機械的強度の低下
- 応力緩和の進行による接合部の緩み
- 化学反応速度の指数的な増加による腐食や絶縁劣化
車載環境では、エンジンルーム内の110℃を超える熱に加え、氷点下から一気に加熱される「熱衝撃」、さらには「振動・湿度・電気的ノイズ」といった多軸の複合ストレスが同時に作用します。これらが相乗効果(シナジー)を生み、民生設計の想定を遥かに超える速度で劣化モードを顕在化させるのです。
■解決の視点:極値保証という設計思想
ここで重要になるのが、単なるスペック保証を超えた**「極値保証」**という考え方です。従来の設計が「規定条件内」での性能を追うのに対し、車載設計では異常状態や極限条件においてもシステムを制御下に置く必要があります。
そのためには、使用環境を以下の三つの領域で定義する「領域設計」が不可欠です。
- 安全使用領域:性能をフルに発揮し、完全に保証する範囲。
- 注意領域:一時的な特性変化(精度低下等)を許容しつつ、機能を維持する範囲。
- 危険領域:破壊は避けられずとも、発火や暴走などの致命的故障を物理的に遮断し、安全に停止させる範囲。
■設計思想の核心:異常は「想定外」ではない
車載設計の世界において、「想定外」という言葉は許されません。極限環境や過負荷は「必ず発生するもの」として設計に組み込まれます。設計者の役割は、異常を排除することではなく、異常が起きた際の挙動を支配することにあります。
- フェイルセーフ:異常時に必ず安全側(オフ状態など)へ遷移させる。
- フェイルソフト:一部が故障しても、機能を限定して継続させる。
- 自己診断(OBD):劣化を事前に察知し、致命的破壊の前に警告を発する。
■技術的パースペクティブ
車載信頼性は、高品質な民生設計の延長線上には存在しません。それは、物理限界を見極め、異常事態までをもロジックに組み込む、全く別次元の設計思想です。
スペックシートの数字を並べるだけの設計では、車載の壁は越えられません。「極値」における材料とシステムの挙動を数値化し、最悪のシナリオをコントロールできる者だけが、真の車載品質を構築できるのです。
本記事で触れた技術解説については、TH企画主催の技術セミナーで、具体的事例を交えて体系的に解説しています。
【本記事について】
本記事は、TH企画セミナーセンターが主催する実装技術分野のセミナーにおける
講義内容・質疑応答・実務事例をもとに、製造業向け技術情報として編集・再構成したものです。
執筆・編集:TH企画 技術コンテンツ制作チーム




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