CAE解析の結果が出力されたとき、あなたは真っ先にどこを見ますか?
「値としてそれっぽいから問題ないだろう」と、無意識に自分を納得させてはいないでしょうか。コンター図のグラデーションが滑らかで、計算がエラーなく完走し、過去の類似案件とも大きく外れていない。だから、この結果は“正しいはずだ”――。
しかし、その根拠なき安心感こそが、CAEを恐ろしいブラックボックスへと変貌させる最大の原因です。解析結果を信じてよいかどうかを見極めるために、設計者が必ず身につけるべき最初の、そして最大の関門があります。それが**オーダーエスティメーション(桁の確認)**です。
オーダーエスティメーションとは「厳密解」の追求ではない
ここで誤解してはいけない点があります。オーダーエスティメーションの目的は、CAE結果と小数点以下まで一致させることでも、高度な手計算を延々と行うことでもありません。
見るべきなのは、「桁(オーダー)が合っているか」、ただ一点です。
言い換えれば、「あなたの物理的な感覚と、計算機が弾き出した結果が、同じ世界線上に存在しているか」を確認する作業です。
- その応力は数十MPaのレベルなのか、数百MPaのレベルなのか。
- その変位はミクロン単位($\mu$m)なのか、ミリ単位(mm)なのか。
この「桁感」が合っていない解析結果は、どれほど見た目が美しく整っていても、設計判断に使ってはならない「無意味な数値の羅列」に過ぎません。
驚くほどシンプルで、驚くほど強力な手法
オーダーエスティメーションの手順は、拍子抜けするほど単純です。しかし、その効果は絶大です。
- 問題を極端に簡略化する:複雑なリブやRを無視し、梁であれば「片持ち梁」、板であれば「単純支持板」などの基本モデルに置き換える。
- 手計算できる形に落とす:材料力学の公式($M/Z$ や $PL^3/3EI$ など)が使える形にまで抽象化する。
- CAE結果と比較する:簡略化したモデルの解析結果と、手計算の値を照合する。
この段階で、「実機はもっと複雑だから」「近似だからズレて当然だ」という言い訳は通用しません。なぜなら、モデルを簡略化すればするほど、理論解(手計算)と解析結果は一致しなくてはならないからです。もしここで桁がズレているなら、それは本番の複雑なモデルを解く以前の、根本的な設定ミスを意味しています。
桁が合わないとき、CAEは「SOS」を出している
簡略モデルと手計算の結果で桁が合わなければ、その原因は解析プロセスのどこかに必ず潜んでいます。講義資料でも、初心者が陥りやすいミスとして以下の項目が挙げられていました。
- 単位系の混在:長さは「mm」なのに、圧力に「Pa(N/m²)」を入力していないか。
- 材料定数の入力ミス:ヤング率の桁を一つ間違えていないか。
- 境界条件の過不足:拘束が足りずにモデルが剛体移動していないか、あるいは過剰に拘束して剛性を高めすぎていないか。
- 要素次数の選択:一次要素による「硬すぎる挙動」によって変位が過小評価されていないか。
重要なのは、「合わなかった」という事実は失敗ではなく、重大な事故を未然に防ぐための「価値ある警告」であるという点です。ここで立ち止まり、ミスを修正できる設計者こそが、CAEを道具として支配していると言えます。
本番解析で求めるのは「完全一致」ではない
実務における複雑な製品解析において、手計算と解析結果が完全に一致することは、まずありません。それで構わないのです。オーダーエスティメーションを通過した後に確認すべきなのは、以下の2点に集約されます。
- 応力の桁は妥当か?:手計算の数倍の範囲内に収まっているか。
- 変位のオーダーは物理的にあり得るか?:部材のサイズに対して極端に大きすぎたり、小さすぎたりしないか。
オーダーが一致していれば、その解析結果は初めて「信頼して深掘りし、詳細な検討を行う価値がある」という土俵に上がることができます。ここを飛ばしてしまう解析は、後工程で牙を剥く時限爆弾に他なりません。
結論:CAEを信じる前に、自分を疑え
この連載全10記事を通じてお伝えしてきたメッセージは、突き詰めれば一つだけです。
「CAEは計算ツールではない。設計判断を支える論理ツールである」。
どれほどAIが進歩し、高機能なオートメッシュ機能が普及しても、設計者自身が「物理」と「桁」を疑う目を失えば、CAEは必ず牙を剥きます。オーダーエスティメーションとは、単なる計算技術ではありません。設計者が自分の設計判断に責任を持つための「姿勢」そのものなのです。
「この結果は物理的にあり得るのか?」
「一桁ズレていないか?」
「極端に単純化したら、どうなるはずか?」
解析結果を見る前に、まずこの問いを立てる。それが、CAEを「後工程で不具合を噴き出させるブラックボックス」にするか、「数億円の価値を生む強力な武器」にするかを分ける決定的な境界線です。
CAEは答えを出してはくれません。答えに責任を持てるかどうかを、設計者に突きつけてくるだけです。その覚悟を持つ者だけが、CAEを本当の意味で使いこなす資格を得るのです。
本記事で触れた技術解説については、TH企画主催の技術セミナーで、具体的事例を交えて体系的に解説しています。
【本記事について】
本記事は、TH企画セミナーセンターが主催する
実装技術分野のセミナーにおいて実施されたセミナー内容、ならびに紹介された事例をもとに、
TH企画が製造業向け技術情報として編集・再構成したものです。
執筆・編集:TH企画 技術コンテンツ制作チーム




コメント