相当応力だけ見ていませんか?――疲労破壊を見逃すCAEの典型パターン

技術解説

CAE解析結果の計算が終了し、モニターにコンター図が表示されたとき、多くの設計者が無意識に最初に確認するのは「ミーゼス相当応力」です。

画面上の赤く染まった部分を注視し、材料の降伏強度と比較して「ここが危ない」「ここはまだ余裕がある」と判断を下す。このプロセス自体は、強度設計の初期段階として決して間違いではありません。しかし、もしその評価軸を「疲労破壊」の判定にまでそのまま持ち込んでしまっているとしたら、その設計判断は極めて危うい砂上の楼閣と言わざるを得ません。

相当応力は「降伏判定」のための特殊な指標である

なぜ、相当応力だけでは不十分なのか。それを理解するには、この指標が何を意味しているのかを立ち返る必要があります。

ミーゼス相当応力とは、複雑な三次元応力状態を一つのスカラー量に換算したものです。講義資料でも解説されている通り、その正体は「せん断歪みエネルギー」を応力単位に換算した値です。これは、材料が塑性変形(降伏)を開始するかどうかを判断するために生み出された指標に他なりません。

言い換えれば、相当応力は「一発破壊」や「塑性崩壊」を予見するための道具です。一方で、私たちが最も恐れるべき金属疲労はどうでしょうか。疲労破壊の多くは、材料が降伏に至らない「弾性域」の繰り返し負荷によって発生します。外見上は何も起きていないクリーンな状態で、内部に微小な損傷が蓄積され、ある日突然破断に至る。この破壊現象を、「降伏(滑り)を見るための指標」だけで評価しようとすること自体、物理的なメカニズムが噛み合っていないのです。

疲労評価の主役は「第1主応力」である

疲労破壊、特にクラックの発生と進展を支配するのは、材料を引き裂こうとする「引張り」の力です。ここで重要になるのが、主応力の概念、中でも**「第1主応力(最大引張主応力)」**です。

講義の中で非常に重要な指摘がありました。物体の表面に外圧が作用していない通常の構造物では、主応力のうち一つは必ずゼロになります。これは数値計算上の偶然ではなく、力学的な帰結です。疲労クラックは多くの場合、この「表面」から発生します。つまり、クラックが口を開くように進展するかどうかは、「どの方向に、どれだけの引張主応力が繰り返しかかっているか」というベクトルの問題なのです。

相当応力は、数式上、引張りでも圧縮でも常にプラスの値として算出されます。しかし、疲労においては「圧縮」はクラックを閉じる方向に働くため、引張りとは全く異なる意味を持ちます。この「符号(力の向き)」を消失させてしまう相当応力のみに頼ることは、疲労評価における致命的なブラインドスポットを生みます。

「表示できること」と「使い分けられること」の深い溝

現代のCAEソフトは極めて優秀です。「相当応力」「第1主応力」「第3主応力」といった多彩な指標を、ボタン一つで瞬時に切り替えて表示してくれます。しかし、ここに大きな罠があります。

表示できることと、正しく使い分けられることは全く別問題です。

評価軸の論理的背景を理解しないまま結果を眺めると、「相当応力のコンターが青い(低い)から、疲労も問題ないはずだ」という、論理的に成立しない誤った安心感を生んでしまいます。相当応力が低くても、特定の方向に鋭い引張主応力が作用していれば、そこから疲労破壊のカウントダウンは始まっているのです。

応力指標の選択は「設計思想」そのものである

私たちが整理すべき基本原則は、極めてシンプルです。

  • ミーゼス相当応力:延性材料の降伏・塑性変形・一発破壊の評価に使う。
  • 第1主応力:疲労破壊、脆性材料の割れ、クラックの進展評価に使う。
  • 第3主応力:圧縮状態の確認や、座屈、接触面の面圧評価に使う。

どの応力を見るかは、個人の「好み」でも現場の「慣習」でもありません。あなたが「どの破壊モードを、どのような物理的根拠で防ぎたいのか」という設計思想そのものです。

結論:解析結果ではなく、自身の「評価軸」を疑え

CAEは、膨大な数値データを与えてくれます。しかし、その無機質な数値に「設計的な意味」を与えるのは、ソフトではなく設計者であるあなたの仕事です。

「相当応力だけを見て、分かった気になっていないか?」 「疲労を議論しているのに、引張主応力のベクトルを確認しなくていいのか?」

この問いを常に自分に投げかけられるかどうかが、CAEを単なる「綺麗な塗り絵」で終わらせるか、製品の寿命を保証する「確かな根拠」へと昇華させるかの分かれ目になります。数値の洪水に溺れる前に、まず物理現象に立脚した「評価の物差し」を正しく持つ。それこそが、一級の設計エンジニアへの第一歩です。

本記事で触れた技術解説については、TH企画主催の技術セミナーで、具体的事例を交えて体系的に解説しています。

【本記事について】
本記事は、TH企画セミナーセンターが主催する実装技術分野のセミナーにおける
講義内容・質疑応答・実務事例をもとに、製造業向け技術情報として編集・再構成したものです。

執筆・編集:TH企画 技術コンテンツ制作チーム

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