「ボタンを押せば答えが出る」という幻想。CAEソフトに仕掛けられた“トラップ”の正体「高応力=危険」という直感を疑え

技術解説

CAEを導入し、意気揚々とボルト締結体の解析を行ったエンジニアが、最初に出会う“絶望”があります。
それは、画面いっぱいに広がる鮮やかな赤色――ボルトのねじ谷や首下部に集中する、高応力コンターです。

解析結果を見た瞬間、
「この設計は保たないのではないか」
「ボルト径を上げるべきだろうか」
そう判断してしまうのは、決して無理もありません。

しかし、現実の製品に目を向けるとどうでしょうか。
同様の締結構造を持つ旧型機が、過酷な振動環境下で長年稼働し続けている例は珍しくありません。
この「解析結果」と「実機の耐久性」の乖離は、どこから生まれるのでしょうか。


CAEの計算は正しい。だが「評価の前提」が欠けている

結論から言えば、CAEソフトの計算が間違っているわけではありません。
問題は、解析結果を評価する際の前提条件にあります。

多くのエンジニアは、締結体に外力が加わると、その荷重がそのままボルトの軸力に上乗せされる、いわば「足し算」のような力のかかり方を無意識に想定しています。
しかし、講義で繰り返し強調されているように、実際の物理現象はそれほど単純ではありません。

締結体の内部では、

  • ボルト
  • 被締結体(フランジやブラケット)

それぞれが異なる剛性を持ち、外力は剛性の関係に応じて分担されます。
この「力の分担構造」を理解せずに応力コンターだけを見ると、評価は必ず歪みます。


「内力係数」という視点が、評価を一変させる

講義で示されている本質は、次の一点に集約されます。
外力が加わっても、そのすべてがボルトに集中するわけではない。

外力によって生じるボルト軸力の増分は、
ボルト自身の剛性と、被締結体の剛性との関係で決まります。
外力の一部は、被締結体の圧縮状態の変化として吸収され、
ボルトが直接負担するのは、そのうちの限られた部分です。

CAE画面上でボルトが赤く表示されている場合、その多くは初期締付による静的な応力状態を反映しているに過ぎません。
それは「壊れそう」という意味ではなく、
「意図的に高い初期応力状態に置かれている」という設計上の結果なのです。


疲労破壊を支配するのは「絶対値」ではない

エンジニアを最も不安にさせるのは、疲労破壊の可能性でしょう。
しかし、ここでも評価軸を誤ると判断を誤ります。

疲労破壊を支配するのは、応力の高さそのものではありません。
繰り返し荷重によって生じる応力の変動幅です。

締結されたボルトは、締付時点で既に一定の応力状態にあります。
その上に外力が加わったとしても、
応力の変動が小さい範囲に収まっていれば、疲労破壊には直結しません。

むしろ危険なのは、高応力表示に怯えて締付を甘くすることです。
締付が不足すれば接合面が離れ、力の分担構造が崩れます。
その瞬間、外力は直接ボルトに作用し、疲労破壊のリスクは一気に高まります。

「壊れそうなほど締める」ことが、「壊さないための条件」になる。
これがボルト締結の持つ逆説的な本質です。


結論:数字を見るのではなく、物理を説明できるか

ボルト締結を評価するとは、
局所応力の最大値を拾うことではありません。

  • ボルトと被締結体の剛性関係は適切か
  • 外力はどの経路で伝達されているか
  • 表示されている高応力は「平均応力」か「変動応力」か

これらを物理現象として説明できるかどうか
そこが、CAEを「絵」として使うか、「武器」として使うかの分かれ目です。

この設計思想を持たずにCAEを使えば、
解析は設計を守る道具ではなく、
判断を誤らせる「もっともらしい数値」を量産する装置になります。

問題は解析技術ではありません。
エンジニア自身が、設計をどう理解しているかです。

本記事で触れた技術解説については、TH企画主催の技術セミナーで、具体的事例を交えて体系的に解説しています。

【本記事について】
本記事は、TH企画セミナーセンターが主催する実装技術分野のセミナーにおける
講義内容・質疑応答・実務事例をもとに、製造業向け技術情報として編集・再構成したものです。

執筆・編集:TH企画 技術コンテンツ制作チーム

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